The Miracle Morning Day29

ついに29日まで来てしまった。。。

本日は5時すぎに目を覚まして

8時にジムに行き、10時まで筋トレと30minほどバイクをこいで、

そのあとクリニックに行って、カフェで一冊本を読んで、

その後剣道に行って、アドレナリン出てるから家で筋トレして。。。

それで現在10pm前。

あえて言えば、朝6時には家を出てジムにいけてれば、完璧だったがほとんどベストに近い一日だった。

途中で昼寝もしなかったし、予定通りにほとんど時間を過ごすことが。

これぐらいの日々を続けていきたい。すでに29日になってしまったが、

ここから一日一日こういう日を積み上げていきたい。

そしたらまた、見える世界も変わってくるのではないか。

 

あと、やっぱり剣道はいいな、、、と。

高校時代何度剣道部をやめようかと思ったが、続けて本当に良かった。

本日は高段者が昇段試験をするということで、その互角稽古の相手をしていたのだが、その相手を務めてちゃんと役割を果たすことができて感謝された。

子供たちにもきちんと教えられて、中高生ともある程度リスペクトしてもらえる程度には剣道を一緒にできている。

振り返ると留学中もそうだったが、地域とのつながりはいつも剣道が持ってきてくれた。ある程度、人に提供できる技能があるのは剣道ぐらいしかないからだ。

やはりちゃんと一つのことに取り組むことは本当に大事で、芸は身を助くというわけではないが、一生の宝になると思う。

その意味で部活は本当に素晴らしい制度だよな、と。

いや、ほんと中高時代はほんときつかったんだけど。。。

 

あと、Garminをつけて剣道を70分ほどやったが、750キロカロリーと普通にランニングする程度の消費があった。1時間走ったときより膝へのダメージはないし(覚えのないアザが増えるけど)、ランニングして剣道は体的にいけるので、やっぱ痩せるためには剣道をやるべきかなと。

歩いて30分のところでは毎日やってるから、ホントは毎日行けたらいいなと。7年ぶりの剣道もようやく足裏の豆も一定できなくなってきたし。。。

 

とにかく明日は30日目。

あらためてThe Miracle Morningに目を通して、気持ちを新たにやっていきたい。

5時に起きるぞ・・・!

市川リバーサイドマラソン2025‐ハーフマラソン

オフィシャルサイト:市川リバーサイドマラソン

日程:11月9日

写真

タイムとコース

 

大会の感想とポイント

市川駅から15分程度のところがスタート地点。

橋梁の下とかではないので、雨の日は雨を防ぐものはない。近くの橋梁の下にしてくれたら嬉しいのになぁ、、、

コースはほとんどアップダウンもなく、景色もよく片道5kmのコースは飽きも来なくてグッド。

ただ道幅はかなり狭く、スタート時点ではスタート位置を前にしないと最初の1キロはかなり遅くなってしまうのはネックか。

あとエイドは水。スポーツドリンクではないので、電解質補給のための飴などは持って行くと良い。

近くに銭湯は存在するが、営業時間的に行くことはできないので、帰りのシャワーは市川で浴びるのは難しそうだ。

参加賞はエコバックだった。大会冊子もついてきたが、参加者名簿とスポンサーの広告のみでなんというか特集とか地域飲食店への導線になるようなコンテンツはない。

ーーー

千葉県の大会はどんどん減っているらしく、本大会にも頑張ってほしい。

タイミングがよほど合わなければリピートする理由もないので、エイドなり市川地域との連携とかなにかアピールポイントが必要かなと、一参加者としては思った次第。

 

The Miracle Morning Day28

昨日のハーフマラソンのせいで、四頭筋と内転筋が筋肉痛で、意識レベルのかなり低い一日となってしまった。。。

とはいえ食事はクリーンに。

読書も1冊は読むことができた。

朝起きたときはパーフェクトな一日にしようと思ったが、、、朝9時ぐらいに寝てしまい気がつくと14時頃になってしまった。やっぱり朝が弱い。。。

 

しかし改めて今後のルーティンにれていきたいのが、自分へ感謝するということ。自分を褒めるということなのかなと。

大事なことは、理想に向かって自分自身を練り上げていくこと。

しかし、理想と現状の差は大きく、その差に潰されてしまってはいけない。いやその差に潰されること、それが理想に至れない唯一の理由なのかもしれない。

The Miracle Morningの素晴らしい点は、その理想と現状の差に潰されないために「感謝」をすることだと述べているところだというのは以前も述べた。

感謝をすることで現状に感謝し、ある種正しく現状を捉えられるからだ。

今の環境に、自分に感謝することが唯一、理想に押しつぶされない方法なのだ。

 

そうはいっても、朝起きて理想のタイムスケジュールを作って、その後体力切れで寝てしまって目を覚ました時に、「なんにもできてないじゃん・・・」となった時の自己嫌悪はなかなか避けがたい。

そんな時に自分を褒めるということ、自分に感謝するということ。それを通じて楽観的な、後ろを振り返らない、自分自身を意味なく嫌悪しない自分を作るということ。

それが毎日を現実的に前を向いて勧めていくために重要なことだと思う。

 

今日は全く予定通りにいかなかったが、それは昨日ハーフマラソンで死ぬほど頑張ったからだ。

そもそも予定をしっかり立てたからこそできなかったということが発生したわけで、予定を立てた自分はとても偉い。

こういう日はなんとなく不健康なものをたべたくなるが、それも我慢してクリーンな食事ができた。

だるさはあったが、カフェに行って本を読んで読書録もかけた。

あれ、以外にちゃんとしてるじゃん。前にちゃんと進んでいるじゃないか。

できることをできる範囲ですっかりとやっているよ。人に誇れるじゃないか。

自分のできることをきっちりと。明日もやっていこう。

予定を立ててそのとおりにできる、明日はそれをこなせる素晴らしい一日になるのではないか。俺は俺を誇りに思う。

俺は俺自身を愛している。自分をきちんと愛せる人間は他人を愛することもできるはずだ。そういった自分になれることを、楽観的に楽天的に思い続けていこう。

理想と現実の差に潰されない、なぜなら自分は自分を誇りに思うほど感謝できるからだ。

明日も素晴らしい自分が素晴らしい明日を過ごせるはずだ。

敗者のゲーム[原書第八版] チャールズ・エリス 2022

敗者のゲーム[原著第8版] | チャールズ・エリス, 鹿毛 雄二, 鹿毛 房子 |本 | 通販 | Amazon

 

NISAが拡大するに当たって、いたるところで推薦されていた一冊。

初版は1985ということで、それ以来読まれ続けている名著とのこと。

本書のメッセージは非常にシンプルで訳者あとがきから引用すると

投資に成功するということは、値上がり株を見つけることでも、ベンチマーク以上の成績をあげることでもない。自ら取りうるリスクの限界の範囲内で、投資目的達成のため、市場の現実に即した長期的な投資計画、特に資産配分方針を策定し、市場の変動に左右されず、強い自己規律の下で、その方針を守ってゆく(P289)

ということになる。

私のような投資もNISA程度しかやっていない入口にいる人間からみて、簡単にまとめると以下のようになる。

(インフレのせいで資産は目減りするため現金で資産を保有していてはならない。インフレ調整後でも資産を守れる、ないしは増やせるような投資をする必要がある。)リスクの観点から債権ではなく、株式投資(他、不動産投資なども該当するが)が、唯一のインフレに勝てる投資である。

ただし投資信託とか個別株投資で、市場よりも大きく利益を出すことは個人投資家にはほぼ不可能と言える。株式投資市場にはプロが飽和しており、とても個人投資家が入る余地もない。また市場の飽和に伴って、長期的に市場に勝ち続けるプロもいないため、個別のファンドだとか投資信託は良い選択肢ともいえない。

その点市場の成長と連動するインデックス投資は、短期では乱高下するものの長期では平均への回帰性を示し、必ず平均的に推移する(市場はインフレであれば成長するし、これまで平均的に成長してきているし、これが成長しないならば株式投資をすること自体に意味がない。デフレだったらそもそも投資しなくても良い)。

投資は、この平均に投資をすべきで、平均に投資をすると考えるときには、個別株や投資信託などではなく、インデックス投資が唯一かつもっとも平均に近い投資になる。なおかつ手数料も安く、そうそう買い替えるものでもないから税金の心配もすくない。なおインデックス投資と言っても、自国だけではなく、世界の様々なインデックスに分散させないと平均的成長の恩恵は受けがたいので注意が必要である。

 

いずれにしても重要なことは、

  1. まず貯蓄をして投資の源泉を確保すること。
  2. 老後資金を確保するために、インフレに打ち勝ち資産を確保するためにどのような貯蓄と投資が必要かの計画を立てること
  3. 自分が何歳であっても(70歳や80歳であっても)、常に長期を見据えた計画を立てること。投資は平均の恩恵を受けないと決して勝てない。なればこそ、自分の配偶者や子供孫に続く投資として考えないといけない
  4. インデックス(インフレに勝てる見込みがあれば債権投資やREITのような投資もあり得るが)や確定居室年金を中心とした投資ポートフォリオを組み、天引きなどを使って定期的に積み立てること
  5. 年に1回程度考えたり見直すこと(これが多すぎると平均の恩恵が受けられなくなるので要注意。また年に1回、配偶者やお金について考えられるようになった子供に金融教育として一緒に考えることも有用だ)

ということになる。

この他P177の投資家への「十戒」からの提言としては以下のようなことを理解しておくといいだろう。

  • 税務上有利という点で動いてはならない。そういった商品は投資的な魅力はなく手数料をとられるだけだ。(なお何らかの事情で株式を手放す場合などは、寄付などを組み合わせて別途対応する必要はある)
  • 自宅を投資資産と考えてはならない。家はあくまで家族の幸せのためにある。
  • 証券営業などの営業には注意すること。
  • いわゆる新金融商品に手を出してはならない。投資家が保有するためにではなく、投資家に売るために設計されている。
  • リスクが少ないという理由での投資はしていけない。それでは結局インフレに勝てない
  • 運用に売買は不要。売買はしなければしないほどいい

ーーー

NISAの普及によって、インデックス投資がアクティブ投資よりも長期的に利益を出せるということは一般常識になってきているような気がする。(少なくとも私はそうだった)

とすると本書がひたすら(約300pのうち200p程度)述べている、アクティブ投資では市場平均≒インデックスには勝てない、というメッセージは非常に冗長に感じた。

しかしながら、金融でギャンブルすることで、一発逆転を狙いたいという人間心理は今も昔も尽きることがない衝動だろう。そういった欲望につけこんだ営業や広告で我々の生活も満ちている。ちょっと石を投げれば保険や金屋の知り合いに当たるし、ちょっと仕事の話をすれば投資商品をそれっぽい言葉で勧めてくるものだ。

「私も購入してやってるよ!」

 

そう考えると、非常に冗長でも、素人がアクティブ投資や短期投資で勝てるわけないと言ってくれるのはありがたく、その書籍が長い間多くの人から読まれているというプレミアを感じられる本書を読む価値はあるのかもしれない。

ただ、、、あまりにも、、、素人であり、あまり金融ギャンブルに興味のない自分には冗長に感じましたけども。。。

ーーー

最近のWSJの記事で、こうやってインデックス投資をする人が増えてくると、市場の健全性が失われてくるという言説を読んだ(ソースを出せずに申し訳ないが。。。)

つまり本書で指摘されるプロの投資家同士で争い合う環境があるから、企業の適切評価が進むし、適切評価と株式価格の差異が是正されていく。それがある種健全な株式市場を産んでいるわけだ。しかしインデックス投資が増え、アクティブ投資が減るようになれば、そういった市場の健全性は失われていく。

インデックス投資自体が良いのは良いとして、拡大すること自体は、それはそれで問題なのだろうという批判的な目線を持って本書を読む必要はあると思う。

 

本書では、プロが最高の技術やテクノロジーを持ってライバルに打ち勝とうとしのぎを削っているゲームは、相手のミスをみつけてつけ込むしか、勝利することができない、アクティブ投資はそのようなゲームであると言っている。

だからそのゲームに一個人として参入しても負けるに決まっているのだからやめろといっているわけで(そして長期的な平均への投資が唯一勝てるゲームだというわけだが)、これはそもそも他のプレイヤーアクティブ投資をするというミスにつけ込んだ方法論であるともいえる。

人間がギャンブル好きである以上、”アクティブ投資をするというミス”を犯す人はそう減るわけでもないだろうが、このミスをする人が減った時にはインデックス投資のあり方もまた再検討されるのは必然であるだろう。

なればこそ、本書が告げるように、適切な資産配分を年に1度程度の頻度でつねに考える、そういったことが本質的なことなのだろうと思われる。

だから本書をしてインデックス投資の推奨書として読むのではなく、長期的な目線で平均に投資できるようしっかり資産配分を考えなさいという、本だと理解するとよいのだろう。

インフレに勝って老後資金をしっかり貯められるよう、しっかり今のうちから準備していくべきだろう。

なぜなら著者の言う長期投資とは半世紀とかそういう単位のことなのだから。

虹の八丈富士と八丈島巡り

八丈富士山頂から見るお鉢の中の虹。

登山ガイドの河田さんによると、海に虹がかかることはあるが、お鉢の中の虹は年に1回あるかということで、本当に運が良かった。

 

八丈富士のお鉢巡りの写真

八丈富士の浅間神社参り

お鉢の中は完全に熱帯雨林。日本で見れるとは思えない光景が広がる。

 

 

八丈富士の参考タイム

八丈島登山ガイド河田さんと1対1の登山なので、ほぼコースタイムか。

お鉢の入口までは、登山道が整備されているため、スニーカーでも構わないが、お鉢めぐりをする場合は、噴火の影響もあり、登山道にもいたるところに穴が空いているため登山靴、ヤブの中を進むため少なくとも長ズボンは必須。

登山当日は10月でまだあたたかかったため、半ズボンの登山者も多く見られたが、上まで行くとお鉢巡りないしは山頂を目指したくなるので、ある程度準備していくと良いと思う。

八丈富士の登山口までのアプローチ

上記の登山マップあたりが登山口だが、歩きで行くのは現実的ではないため、レンタカーかタクシーで行くのが望ましい。

実は昔の人が使っていた登山道の名残を示す鳥居が、いたるところにあるが現在は完全に閉道している。

その他の注意点

八丈島の天気は変わりやすいため、2日程度余裕を持っておき、天気が良い日を選んで登山日とすると晴れた日に登れる可能性が高まる。(登山ガイドの河田さんのツアーはそのようにしているとのこと)

あと登山口に地元警察にメールで届ける登山届があるのでこちらも要提出。

また河田さん以外に登山ガイドの資格を持っているガイドはいないので、ガイドを選ぶ際は要確認。

八丈島訪問にあたって準備しておくべきだったこと

八丈島には1件要予約の居酒屋「梁山泊」が存在する。

「居酒屋評論家 太田和彦氏が居酒屋百名山に数えた名店」らしく、誰に聞いても梁山泊が最強の居酒屋らしい。

私はたまたま金曜日の8時に当日予約が取れたので行くことができたが、次回行くにしてもここに行くべきだな、というぐらいクオリティが高かった。(高いけれども。。。)

いずれにしても八丈島は、居酒屋がたくさんあるので、宿の夕食は基本的にいらないのではと思う。

コナンの映画の舞台にもなったリードパークリゾートというホテルの夕食を食べたが、まぁという感じ(リードパークリゾートは自社で養鶏場と酪農場を持っており、自社製卵と牛乳を使った朝食は、個人的には最高の朝食だったことも付記しておく)

島最強居酒屋「梁山泊

名物島寿司。正直島の寿司屋で食ったものより安くて美味しかった。こんなにうまいものかと、、、

ウミガメの煮込み。個人的にはかなり匂いがあったが、ご一緒した八丈島の明日葉農家の方は、日本で一番この店のウミガメが臭くないとのこと。

臭くてビールには合わないが、青ヶ島の臭い焼酎にはすごくあった。

人生初のくさや。青ムロ。これもほとんど臭くない。旨味だけあったすごくうまい。

 

ただし、明日葉ビール。お前はだめだ。。。青汁みたい。

なお明日葉農家さんいわく、10月はもう明日葉の時期は終わっているらしく、この時期のものは食うもんじゃないとのこと。

梁山泊のシャツとお鉢めぐり。シャツは明日葉農家さんがプレゼントしてくれた。

山頂で会ったカップルは、予約取れなかったと言っていた。

八丈島の観光について

お鉢の虹は本当に運が良かったし、八丈島自体も1日程度観光するには十分な見どころがある。2025年10月にリニューアルした民俗資料館もきれいですばらしい。

車がなくてもバスも十二分に観光できる程度には整備されている。

マリンスポーツにおいては言うに及ばず最高だ。釣りも最近は海流が変わってマグロが釣れたりもするらしい。(名物のトビウオは取れなくなってきたらしいが。。。)

温泉もバスで行ける場所に300円程度で入れるところに3つあり、湯治もできる。

一箇所だけ備忘録的に写真を載せていくが、バスでいけるところから山を下って数十分先にある無料の温泉、洞輪沢温泉なんかも人生で言った中でも最強の秘湯で面白かった。

(歩きで行ったけど、車で行くことをおすすめします。。。)

 

 

総じてマリンスポーツのオフシーズンでも、八丈島は素晴らしい。

2泊3日ないしは3泊4日あれば八丈富士を登って、殆どの観光施設を回れるはず。

行きも帰りも飛行機で一撃。時間があればフェリーで。

残業という概念も存在しない島時間を味わいつつ、観光的にも楽しめる。素晴らしい場所だった。

The Miracle Morning Day27

本日は市川リバーサイドマラソンでハーフを走った。

一月前のハーフから、17分タイムが縮まり、1:47と2時間どころか、1:50も切ることができた。今回の目標は1:50だったので、クリアすることができた。

実は直近週はあまり元気に練習できず、どうせだめだろなと思っていたのだが、雨の中のバットコンディションな中でクリアできたのがとても良かった。

まぁこれぐらいのタイムは、走る練習はそんなにしなくても、筋トレやダイエットをちゃんとやってれば誰でも行けるんだろうなと。

体重も体脂肪率も全然減ってないんだけども・・・

再来週のフルマラソンは、本日の余裕度合いを見ると、現時点でも4:30ぐらいで行けるのではないか。

目標の紙には4:00と書いてあるので、あと二週間だけど本気でこれを目指しに行こう。

できるような気がしてきた。現在Garminのタイム予測は4:18だけども・・・

 

なんかそれでも目標達成できてよかった。

この1ヶ月、仕事も休んで体鍛えたり、寝たりしていたが、しっかり身体が回復してきているのが数値になってよかった。

やっぱり目標を立てて、それを超えていく。

それを繰り返していかないと、生活と人生の張りが出ないんだなと。

挑戦する価値のある目標を立て、本気でクリアしていく。

明日からもっと本気で鍛えていこう。頑張る。

 

きっと次の目標もクリアできる。

象形文字入門 加藤一朗 1962年

象形文字入門 (講談社学術文庫 2118) | 加藤 一朗 |本 | 通販 | Amazon

 

象形文字の大きな潮流として、まずは漢字、最古の文字ともされる楔形文字、そしてアルファベットの源流となったヒエログリフがある。

本書は象形文字入門とあるが、中心とした記述はヒエログリフの物となっている。

実に70年ほど前の著作であり、一部内容には古い記載も見られるようだが、文字の発生とヒエログリフの文法、そしてその文化的な特徴と、その他の文字との関係性を時系列を持って理解できる。

世界史の中で線形文字AとかBとか、フェニキア文字とか勉強した気がするが、あまり連続した歴史として理解していなかったので、非常に面白かった。

また文字の発生や、アルファベットへの転換、そして漢字や日本語のアルファベットに対比したときの得意性など、文字や解読、そして文化について文字の影響について深い示唆を与えてくれる点で、誰しもが目を通す価値のある良著であった。。

ーーー

文字というものは、イラスト(絵文字)→象形文字表意文字表音文字というように変わっていく。文字を持たない文明においても(インディアンのような)、イラストで意図を伝えることはあるが、抽象的な観念や複雑な事象を表すことはできない。そこにイラストと文字の違いがある。

一見イラストに見えるヒエログリフ(古代エジプトで用いられた文字)も、抽象的な事象を表すことができる点で、立派な文字である。

ヒエログリフは家を表す文字がそのまま家を表し、それを転じて部屋という意味になり、それが表す音を転用して別に「出る」という意味にもなる。このように意味が拡大していくことで、家の形を表したイラストは、複雑で抽象的な文章を表すことができる。

さらにヒエログリフの特異な点を述べると、それが象形文字だという点にある。

単に意味を伝えるだけであれば、筆記体的なヒエラティック、さらに速記体のようなデモティックが存在しているが、正式な文章はすべて象形文字であるヒエログリフで書かれた。

そのイラスト的な文字をどこまで書き込むかは、その書き手に委ねられており、文字そのものにイラスト的な美しさが存在している。

ヒエログリフは神殿に彫り込まれているものであり、他の文明が持たない高度な発明品であり、神が与えた特別な力を持つものとしてそれ自体が尊重されていた。英語のglammerが魔法を意味するglamourから来ているように、文字自体に神聖性を含むものとしてエジプトでは捉えられていたのである。

このように文字そのものの美しさを追求する姿勢は、漢字における書道に通じるものがあるのではないか。これはアルファベットのカリグラフィーとはレベルの違う文字の美しさの追求であろう。

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ただそんなヒエログリフはいかに美しい文字であるとしても、実用性の観点から完全な表音文字であるアルファベットにその存在を奪われていく。

ヒエログリフは意味を表すに当たって、もとの意味を失った完全に音だけを表す文字も開発されており(かな文字のような)、これにより様々な概念を表すことができるようになった。これがアルファベットの源流となった。

アルファベットはエジプトに支配されていたシナイ半島のアラム人が、彼らの言葉を表すために表音文字としてのヒエログリフを転用したことから始まる。この時点ではただ音に文字を当てただけであり、文字体系として確立していたわけではないようだが、アジア・ヨーロッパ・アフリカをつなぐ地中海の海の交易民であるフェニキア人がより実用性を追求したフェニキア文字を開発して文字体系として確立していく。アルファベットは商人が徹底的に実用性を追求した表音文字であると言える。

そしてギリシャ人がフェニキア人と地中海で交易をしたり争いをする中で、より洗練されたギリシャ・アルファベットが誕生し、アレクサンダー大王ギリシャのアルファベットでアジアやペルシアを支配し他のアルファベットを駆逐した。

そしてローマに時代は引き継がれ、現在のローマ字が完成するのである。

当時ペルシアではメソポタミアから続く楔形文字由来の文字が使われていたが、アレクサンダー大王の征服及び徹底した実用性を有するアルファベットの前に駆逐されてしまい、現在ではその命脈を保っていない。

エジプトのヒエログリフも同様の道をたどることになる。ギリシャの支配を受けたエジプトは、その後文化的にも経済的に自立を失い、結局アルファベットでエジプト語を表したコプト語に取って代わられることになる。

文字自体の美しさを表すイラスト性≒表意文字は、すべてなくなり、実用的な表音文字だけとなってしまい、ヒエログリフはエジプトから消滅した。

 

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明治期、漢字やひらがなを捨てて、日本語もアルファベットで表そうという論が生まれたことがあった。

エジプトがヒエログリフを捨てたのは、文化的にギリシャに征服されたからであり、文化的な独自性という観点では古代エジプトほどの輝きはその後には生まれていないだろう。

本書は70年ほど前の書籍であることもあり、西洋人に対する憧れと日本語や漢字に対する劣等感というものが垣間見える部分がある。

わざわざ書く必要がないのに、アメリカ人が電話とtelephoneという並列記載をみて、こんな単純なものを表すのに二文字必要というのは後進国の文字だと言ったという話が出てくるが、なんというか当時の世相を反映するようである。

また当時はコンピューターなど存在しない時代で、文字はタイプライターで打たれていた。その点でもアルファベットの実用性は、漢字やかな文字に大きく勝っていたと考えられていたようだ。

中国や日本においては、アルファベットのような実用的な表音文字は発明されておらず、現在でも表意文字を用いる(本書内では古代文字という言い方になっているが)唯一の国であると記載されている。実用性の観点から自分たちの文字を、すこし改良すべきではないかという反省も含まれているのが、時代を感じて非常に面白い。

確かに日本語のかなが表せる音は少ないため、biとかviとかの音の差を認識しにくい。音への感度を高めるために、かなはアルファベットを導入するか改善してもいいのではというのは、なるほどなぁと思ったものだ。

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最近とみに感じることがある。世界に日本以上に素晴らしい国はない、ないしは日本よりもずっと良い場所なんてないということだ。

私も若い頃は漠然と日本以外にももっといい国があるのではと思っていた。北欧諸国は教育的に福祉的にも先進的だと言われていたし、アメリカの豊かさや西欧の文化はより成熟していたように感じていたものだ。

しかし、実際にアメリカに1年留学したり、昨今インターネットで世界各所の生の情報を得られるようになって、いかに日本が素晴らしいかがわかってきた。

家の中にショットガンを置く必要もなければ、大麻の匂いのする黒人からたかられることもない。最近の日本の最大の敵はクマであって、暴動を起こす移民ではない。なんと平和なことか。歌舞伎町で寝ていても命を奪われることもなければ、夜中を女性が一人で歩いても安全だ。

ここにいたって、日本が明治から受けていた、優れた西欧の幻想は本当の意味で消えて来ているのではと思う。

世界のどこにもここ以上の素晴らしい場所はない。外への夢物語のような幻想など存在しないのだ。

 

アルファベットをして優れた文字であり、日本語を反省すべきという本書の論調を読んで、単純な感想として、日本語にはかな文字カナ文字という優れた表音文字があり、漢字という優れた表意文字もある。そっちのほうがすごくない?というものだった。

 

別に国粋主義的な話をしたいのではなく、ピュアに日本やその文化、そして文字を見た時に、なんら恥じることなく、そしてその独自性を保っていることに先達への深い感謝を持ちたいということだ。

砂の中に消えたヒエログリフを思いながら、今日本語を書いていて深くそう思う。

 

我々は実用性で世界を制覇したアルファベットとは異なる独自の文字を持っており、かつ実用性でも大きく負けているものでもない。

今後グローバルな世界を考えるに当たって、また右傾化する世界を見るに当たって、いたずらに自虐する必要はなく、また排他主義になるような勝っている負けているなどの意味のない比較をするのではなく、ただ優れている自分たちの文化にしっかりと磨いていく感謝していく。そういうことが重要なのではないか。

そして文字において日本はそれができる位置にいるのだろう。

 

意味のない憧れは、現在への感謝をおろそかにする。海外への憧れよりも、日本への感謝を。今を生きるこの日本や地域への感謝と行動を。

本書は日本語への感謝を再確認する意味での、良い書であった。